ドゥブロブニク

旅行☆世界遺産への旅
旅行情報
「旅行☆世界遺産への旅」 とは

    世界遺産をテーマとした旅行サイトです。900件近くある世界遺産の中から、旅行をするのに最適な世界遺産を

    選りすぐりました。エキゾチックな文化遺産や、幻想的な自然遺産、秘められた神秘の世界など、壮大な世界遺産の

    旅を味わえます。世界旅行をするなら、絶対におさえておきたい世界遺産。旅行のヒントになるよう沢山の情報を

    掲載しました。まずは、「旅行情報☆世界遺産への旅」を閲覧していただき、、仮想旅行を楽しんでください。

HOME < ドゥブロブニク


ドゥブロブニク旧市街


7世紀初頭、 スラブ人による略奪から逃れて、近郊の

エピダウルスよりアドリア海の小島に人びとが避難した。

ラグーザと名づけられたその町と、対岸の内陸部に

住み着いたスラブ人たちの町ドゥブロブニクが合併し、

現在のドゥブロブエニクができあがった。合併の際に2つの土地を分けていた水路が

埋め立てられ、町の中央を走るストラドゥン(プブラツァ)大通りになった。

ドゥブロブニクは長い歴史の中で宗主国が幾度も変わるが、交易港として、また独自の

共和国体制をもつ自治都市として、変わらない発展を遂げた。町を囲む城壁は

8世紀頃に建築が開始され、町が大きくなるにつれ拡張されていった。城壁の随所に

防衛のための塔が建てられた。政治の中心となったクネズ宮殿(旧総常府)は

12世紀に建設され、15位世紀に後期ゴシック様武とルネサンス様式で建て直された。

1667年の大地震で大部分を破損したが、中庭やアーチ型回廓、噴水、美しい彫刻が

施された柱頭が並ぶ柱廊など、15世紀のものが現存している。ルザ広場を挟んで

向かい側には、やはり後期ゴシック様式とルネサンス様式で建てられた

スポンザ宮殿がある。1520年に建設され、経済の中心として税関や造幣局などに

使用された。2つの宮殿に挟まれ、ルザ広場に面して建つ聖ブラホ聖堂は、14世紀に

建てられた建物が1709年に焼失したために、1715年にバロック様式で再建された。

ドゥブロブニクの守護聖人ブラホに捧げた聖堂である。これ以外にもさまざまな

歴史的建造物が残るドゥブロブニクは、1991年の内戦によって多大な被害を受け、

「危機に瀕する世界遣産」に登録されていたが、復興が進み、1998年12月の

京都会議で、その登録リストからはずされた。



<出所元:小学館『世界遺産の旅』>




ヨーロッパ
 イタリア/バチカン/マルタ
 スペイン

 フランス
 イギリス/アイルランド
 ドイツ周辺諸国
 北欧/バルト諸国
 中欧
 東欧
 ギリシャ/トルコ/キプロス
 ロシアと周辺諸国



アフリカ
 アフィリカ北部
 アフリカ西部
 アフリカ中南部



アジア・オセアニア
 日本
 韓国/中国
 東南アジア
 南アジア
 西アジア
 オセアニア



南北アメリカ
 北アメリカ
 中央アメリカ
 南アメリカ



Copyright(C)2009 Whistle  旅行☆世界遺産への旅 All Rights Reserved