ファテープル

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ファテープル・シークリー


世継ぎに恵まれなかったアクバル帝は、アーグラの

南西220kmほどにあるシークリー村に住む聖人シュイク・

サリーム・チシュティのもとへ子宝祈願に訪れた。聖人は

「5年以内に3人の男の子を授かるだろう」と予言。その

言葉どおり、皇子サリームをはじめ次々と男児に

恵まれた。アクバル帝は大いに喜び、1571年この地に都を築いた。その後、

ジェラート地方を制圧した記念として、ファテープル(勝利の都)と名づけられた。

アクバル帝は、自らの権力の安定と領土統治のために諸宗教融和政策を実践

していたが、この都の建造物はまさにその反映であった。モザイクの壁面が美しい

ジャマー・マスジト(金曜礼拝のモスク)や、柱と屋根だけでできたパンチ・マハル

(五層の宮殿)などは、イスラム建築とインド古来の伝統技術の融合が顕著である。

ジャマー・マスジト内には、すべてが白大理石でつくられた聖人シェイク・サリーム・

チシュティの墓廟があり、赤砂岩のモスクの中でひときわ映える。1585年、この

新都城は水利の悪さが原因で放棄されることになった,およそ5年をかけて

建築された都城は、遷都からわずか14年間使われただけで、役目を終えた。

アクバル帝の去ったファテープル・シークリーは廃墟となり、そのためと時の建造物が

今日まで無事に残ったというのは皮肉なことである。


<出所元:小学館『世界遺産の旅』>




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