白川郷

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白川郷と五箇山の合掌造集落



合掌造りは、江戸時代から始められた養蚕のため、

屋根裏に棚を設置したのが始まりと言われている。

豪雪による雪下ろしの作業軽減と屋根裏の床面積

拡大のため、急な角度を持っている特徴的な

茅葺屋根になったと考えられている。構造上、通常の家屋に比べて天井裏部分の

とても容積が大きくなる。その天井裏部分は風通しが良く、盛んに養蚕が行われた。

加賀藩では五箇山の絹を重要な資金源としていたほか、蚕の糞を利用して焔硝の

密造を行っていた。また、合掌造りの屋根はどの家屋も東西を向いている。これは、

屋根に満遍なく日が当たるようにするため、集落の南北に細長い谷にあり、

南北それぞれの方向から強い風が吹くので、風を受ける面積を少なくするためと

言われている。合掌造りを守る地域住民の連携形式の「結(ゆい)」により、補修や

茅葺の葺き替えが30年 - 40年に一度は行われている。屋根の葺き替えには、

多くの人手と時間(全て葺き替えるのに二日間はかかる)を要する。白川郷と五箇山の

集落地帯は、有数の豪雪地帯であることによって、周囲との道路整備が遅れたため、

奇跡的に合掌造りの住居構造が残った。しかし、過疎化や住民の高齢化により、

「結」の活動による、合掌造りの維持活動も限界となっている。戦後は林野、

水源開発の影響、産業の衰退、人口の都市部流出などもあって、多くの家屋が

廃屋となった。特に御母衣ダム建設の際に、数多くの伝統建築が取り壊された。

その後、伝統的な家屋形式を反故にしてはいけないと近隣住民を中心に資源保存の

機運が高まることになる。その後、後述の重要伝統的建造物群保存地区選定を経、

また世界遺産登録後、急激に観光客が増加している。近くを走っている高速道路

(東海北陸自動車道)も飛騨トンネルの完成により2008年に全線開通しており、

地域社会の生活と観光地化の狭間で、様々な問題も発生している。例として、

現住建造物問わず心ない観光客が勝手に戸を開けるなど、住民のプライバシーを

尊重しない重大なマナー違反等がある。「白川郷」や「五箇山」と言われているのだが、

細かく言うと白川郷の「荻町」と、五箇山の「相倉」、「菅沼」の三つの集落がある。

荻町は1976年に、相倉と菅沼は1994年に重要伝統的建造物群保存地区に

選ばれている。 なお、名義上「白川郷・五箇山の合掌造り集落」となっているが、

世界遺産に登録されているのはこの3集落の合掌造りのみであり、他の集落の

ものについては世界遺産には登録されていない。




<出所元:小学館『世界遺産の旅』、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』>






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