ヴイスビー

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ハンザ同盟都市ヴイスビー



8〜10世紀頃にノルマン人が、バルト海のほぼ中央に

位置するゴットランド島ヴィスビーに、港を築いた。

やがて、ロシアとの交易の中継基地として、 ドイツ人が

住みつくようになる。その後、12世紀にハンザ同盟の

一員となったドイツ人と島民との間に平和協定が

結ばれ、共存の道が選ばれた。ハンザ同盟の各国からの農作物や工芸品が集められ、

ロシアや北欧の特産品が各地に送られていく。ハンザ同盟の印章を使い、ロシアと

独自に交渉することも認められ、ヴィスビーは発展していった。ドイツ商人とともに

住みついた職人や、聖職者を守るために城壁がめぐらされた。1288年にはこの城壁が

原因で、島民と紛争が起きている。それまでの塀が堅固な城壁に変わり、島民を

排除するようになったからだ。ヴィスビーは城壁内だけで自足できるほど、

共同体として完成していた。同じハンザ同盟の北ドイツのリューベックが、

バルト海貿易で台頭してくると、ヴィスビーは翳りを見せはじめる。1298年には

リューベックは、ハンザ同盟の代表であることを宣言し、ヴィスビーの特権を剥奪した。

さらに1360年にはデンマークの襲撃を受けた。ヴィスビーはデンマークの撃退には

成功したが、それ以後、町は衰退していく。全長3.6kmの城壁内に、中世からの

遺跡や多くの教会の廃墟が残されており、かつての繁栄を偲ぶことができる。

唯一その姿をとどめている聖マリア大聖堂が目につく。




<出所元:小学館『世界遺産の旅』>





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