コトル

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コトルの自然と文化・歴史地域


アドリア海に面したコトル湾は、 フィヨルドによる複雑で美しい

海岸線が続いている。そのコトル湾の最奥部にある天然の

良港、交易商業都市として栄えた港町がコトルだ。背後には

標高1749mのロヴツェン山が控えており、海と山とで狭まれた

天然の要塞となっている。コトルは航海技術も発達し、スラブ諸国の中で、最初に

航海士学校がつくられ、アドリア海の海図も、そこで初めてつくられた。名声は

ロシアまで届き、ピョートル大帝が士官学校の生徒を、この航海士学校に入学させた

こともあるほどだった。そうした高度な航海技術から生まれる海軍力と、海と山に

挟まれた地形を生かして、宗主国が幾度も代わるなかでも自治を保ち続けて、

アドリア海の要衝の交易都市として繁栄してきた。町には12〜13世紀につくられた

イタリア南部の建築様式の建造物と、ヴェネツィアの支配下で、繁栄の最盛期を

迎えていた時期に建てられた建造物が多い。貿易で得た富で建てた、中世の

遺産である聖トリフォン大聖堂は12世紀にロマネスク様式で建てられたが、1667年の

地震で破壊された。再建はルネサンス様式で行われ、新たに2基の塔もつくられた。

内部には黄金の祭壇と多くの宝物が収められている。ほかにも宮殿や広場などが

残るほか、全長約4 km、厚さ約10mの銃眼付きの城壁が残っている。この城壁は

海賊や諸外国の攻撃からの防御に大いに効果を発揮した。残念ながら、1979年に

この地方を襲った大地震によって、甚大な被害を受けてしまった。大聖堂は崩壊の

可能性があり、危険であるとのことで閉鎖された。コトルは世界遺産登録と同じ年に、

危機遺産リストにも名を連ねることになってしまった。その後、ユネスコの援助

などもあり、再建は少しずつではあるが進んでいる。しかし、近年のバルカン半島の

政情不安もあり、まだまだ予断を許さない状況である。



<出所元:小学館『世界遺産の旅』>




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